「まったく、不意を打つにしても少しくらい相手を見てから来てくださいな」
 可愛らしいピンクのうさぎから伸びる不釣合いに無骨な刈払機、大した馬力も無い一般的に販売されている物で
ゆっくりと切断し苦痛を味わわせてから死に至らしめる…いつもの方法である。
あたり一面に飛び散った血と肉片に呆れたふうに、人を小馬鹿にしているような眉をさらに寄せてアシェルタはぼやいた。
「わたくしに血管や心臓はありませんの、核ならありますけどね…伊達に長生きしてませんのよ?」
 既に冷たくなった赤い欠片に尚も言い放ち、くすりと冷たく笑った。

 こうなる状況になる事を知っていれば契約しなかったであろう、ミリー・朱沈とその双子のような契約者フラット・クライベル、
この二人についてみれば何かと面白そうだと退屈しのぎに連れ込まれた先はシャンバラ教導団…いや軍だろうか?
魂を集めるにこれ程やりやすい場は他に無かったであろうが、ここでは全ての者に仕事か鍛錬に励む事を強要される。
元来寿命など無いに等しい悪魔であるアシェルタには、毎日何かがある事に不満が無いわけではなく、
隙があれば街に赴きケーキを頬張ってはファッション誌の頁をめくり、寝転がってはそのまま眠りに落ちる。要は怠け者なのである。
故郷であるザナドゥも大変な時期ではあるようだが、別段気にするような事象ではないとそれなりに歳を経て考えるようにまでなっていた。
まぁ、契約者であるミリーとフラットが同じ悪魔に手負いにされたとあって、多少は気を巡らせてはいるのだが…
 相手が相手、面倒ごとは嫌いですわと一仕事終えた後のタルトケーキを楽しんでいた。

「うえー、ちょっとアシェルター。非力なのはわかってるけどさぁ、もうちょっときれいに片付けられないの?」
「別にこの土地の肥料にするならそれでもかまわないけどぉ」
 斧で一気に切断するミリーと、光条兵器や暗器を用いて不意を打つ事に長けたフラットが別の“仕事場”から戻ってきたようだ。
「仕方ないじゃないですの、筋骨隆々の野盗を刈払機で倒すには細かく削って行くしかありませんのよ? 逆に形を残してしまう方が見苦しいですわ」
 むっとした表情を露にしてみたものの、悪魔独特の残忍さというのはやはりあって、人間の苦しむ様を見ない事には満足できないのだ。
苦しんで死んだ人間の魂の方が美味しい、という感じさえも…それを加工しあらぬ物へ変えてしまうなど至高の事だとも。
「それにしたってさぁー…もうちょっと加減ってモノおぼえなよ、こんなにしなくたってほっとけば死んでるよ」
「急所さえ撃っちゃえばあとは時間の問題だしねぇ、どうせ最後に生き残りはいないかたしかめるしぃ」
 生き残り、というのは多少語弊があるなと感じる。今回のように野盗なんかを皆殺しにしろなどという命令が下るわけがない、
精々反省させられるようにしてまともに生活をさせるものであるが。この双子と悪魔は加減を出来ずに殺してしまう事がほとんどなのだ。
殺人快楽者とまでは行かないだろうがそれに近い、まるで他人を殺す事で人口密度を下げ、自らの居場所を作っているかのようである。
「ずいぶん手緩い方法で仕留めるんですのね、その内背中から撃たれますわよ?」
 溜息をつき、あれだけ細切れに人を刻んだというのに返り血一つ浴びず奇麗なままのワンピースをぽんぽんと叩いてから刈払機を背負った。
ここで先日創ったばかりの魔鎧、アイ・ビルジアロッテの動向が気になり、周りを見渡すが姿が見えずに名前を呼ぶ。…返事が無い。
使った魂が不良だったのかハズレだったのか…意味は同じであろうがどうにも見張りが必要なほどに幼稚なのだ。
「…ロッテはまだこういう場に出すには早すぎたんでしょうかね…仕方ないですわ、探してきますわね」
 ただでさえつまらない仕事にケチまでつけられては敵わないと、アシェルタは足早にその場を去った。
しかし幾分も行かない内に、例の問題児の大声が聞こえてきた。

「だーかーらー、おじさんを捕まえなきゃいけないの! アイのお仕事なの!
失敗したら一日ちゃぶ台の刑にされちゃうの! だから捕まってよ…ねぇおじさんお願いだよぉ…」
 涙目で無茶な事を言いながら、野盗が鋭く振り回すナイフはしっかり避けている所はさすが自分の創った魔鎧だと褒めてあげたいが
どうしても褒められたやり方ではない『お願いして捕まえる』方法にアシェルタは軽く頭痛を覚えた。勿論頭の中もからっぽなのだがそこは感覚である。
「…ロッテ、何をしてらっしゃるんですの? そんなやり方で捕まるならばわざわざ仕事にまでなりませんわよ」
 聞き覚えのある創り主の声にアイは驚き視線を一瞬アシェルタに向けたが、すぐに野盗に向き直り、かつ指まで指して言い放つ。
「Σあー! もう、おじさんがモタモタしてるからアイが怒られちゃうじゃない! もうっ、おじさんなんてきらいっ!」
 ぴーぴーと無茶の連続を口にする子供の相手をさせられる野盗に同情すら覚えたが…向こうも振っても振っても当たる気配の無いナイフに
結構な苛立ちを覚えていたようだ、襲ってこない相手は放っておいてアシェルタに飛びかかって来た。
「まったく…だから長生きできませんのよ?」
 言い終わると同時に不敵に、不気味に笑うと今度は刈払機を使わずに一気にカタをつける方法に出た。
アシェルタは体を元の悪魔の形…人ではない異形、ムカデのような足を持つ巨大なヒルのような…何かに変え
「最近はケーキ以外は不味くて食べれたモノじゃないんですけどね?」
 一気に喰らいついた。
 哀れな野盗の全身を腹にある刺だらけの口に収めたかと思うと、一気にまた人の姿に戻る。
今度は血の一滴も垂らさずきれいに片付けてしまったのである、またあの二人に何かを言われなくても済むように。
「あー…れ? ごしゅじんさま、元の姿に戻るのヤダーって言ってなかったっけ?」
「あの子や他の人間に見られるのが嫌なだけですわ、あなたはわたくしの創った魔鎧ですから気にしませんわよ」
 その自らの作り上げた鎧がこのザマでは…と内心で己の技術の非を探っていたがやはり見当たらず、代わりにミリー達の元へさっさと帰るよう促した。

「おかえりー、結構早かったね。もしかして何の成果もないで迷子になってたのー?」
「やっぱり今度はミリーの鎧になって一緒にいた方がよさそうだねぇ」
 うふふ、とアシェルタよりも加虐的な笑い方をするミリーには何も言わずに、疲れたからさっさと学校へ帰りますわよと告げた。

「ああ、でも今夜のケーキは要りませんわ…わたくしどうせ怠け者ですからお腹が空きにくいんでしょうね」