「そういえばさー」
「なんですの?」
ソファで姿勢を崩してロリータファッション誌を見ていたアシェルタは意識だけをミリーに向け、
言葉を発したミリーは一応返事はあるので答える気はあるんだろうな、とどう見ても雑誌に夢中な彼女に言葉を続けた。
「…アシェルタって体、人形だよね?」
何を今更当たり前の事を、と気にも留めず再び雑誌に意識を戻しながら
「そうですわね、それがどうかいたしましたの?」
ペラリとページをめくり、何か気に止まる物でもあったのかじっくりとその内容を見つめている。
「いやさ、人形って中身空洞だからアシェルタの中身はどうなってるのか気になって」
「わたくしの中身を知ってどうなさいますの? 弱点でも聞き出そうっていう魂胆ですの?」
しばらく見てからやはりどうでも良くなったのか、数ページを流し見てから雑誌をソファの後ろに放り投げた。
「単に興味だよ、それに契約してるんだしどうこうしようって意味じゃなくて」
胡散臭そうに眉を寄せ、本当に何も企んでいないのかじっくりと考えるのは、ミリーとフラット…
そして自分も大の悪戯好きという事があり、下手に教えればこれから先そこを突かれるかもしれないのだ。
だが悪戯仲間として考え付く事は大抵同じと決まっているので、今回は本当に単なる興味であると考えをまとめたアシェルタは
「…そうですわね、ほとんど空洞ですわ。頭の中も心臓があるべき箇所も」
と答え、やや不機嫌そうにじとりとミリーを見た。
「ふーん、やっぱり面白い体してるんだねアシェルタは。でもほとんどって事は、どっかに本体があるんだ?」
元より嗜虐的な顔をしている彼女の不機嫌などあっても無くても同じようなものと、気にせず更に興味を示すミリーに
呆れたような溜息をついて、次に妙に真剣な顔をしてアシェルタは言った。
「良いですこと? これからお話するのはわたくしの弱点ですのよ、他言なさらないでね…」
「…尻子玉ですわ」
へっ? と素っ頓狂な声をあげたミリーは今言われたばかりの単語をよくよく思い出そうとしていたが、思い当たる物は昔話でしか無いのだ。
河童が好んで人の尻から抜いていたという、架空の臓器…なんでまたそれがアシェルタの本体であるのかという事実、考えれば考えるほど訳が解らない。
「ええっと…ちょっと待って、ボクの頭じゃ意味が解らないよ…」
「意味が解らなくはありませんわ、単に尻子玉がわたくしの心臓や脳のようなもので、そこを討たれれば死んでしまうという事ですの。
それと位置が同じだから尻子玉と言っただけで、別に河童がどうというのとは関係ありませんわ」
考えを読んだようにあっさりと言ってはくれたものの、その急所はどうなんだろうという更なる意見がミリーの頭の中で渦を巻き
次第に何とも言えない笑いがこみ上げてきたが、ここで笑えば何となくアシェルタのじっとりと冥い怒りに触れそうな気がして押さえ込んだ。
普段ケーキに目がなく、今現在ロリータファッションに興味を示す“彼”であっても、一応は長い年を重ねた悪魔なのだ、
その気になればミリーなどひとたまりも無く、魂は魔鎧を創る材料としてしまうのだろう。もっとも、彼女は働かない精神が非常に強いのだが…
「ま、まぁ…人の形をしてる生き物の尻なんて普通狙わないし、位置としては結構安全なのかもね…」
当たり障りのないように言ってはみたが、これは戦闘兵として急所を晒して戦うミリーの素直な考えだった。
体が小さく身軽でいるには軽装の方が良く、せっかくの小さい身体を鎧で重くしてまで守る事は逆に命に関わるという事だが、今は関係ない。
「そうですわね、そうでなければか弱いわたくしがこんなに長生きしませんわ」
さらりと可愛さをアピールする所はアシェルタらしく、弱点を教えたというのにまるで警戒は無く、
本当にどうやって5000年近くも生き抜いてきたのだろうと疑問に思うが事実は事実である。
かといって本気で戦うアシェルタを見た事は無い、もちろん魔物としての本当の姿も。
「あー、また散らかしてぇー…フラットがいっつも片付けてるようじゃダメだよぉ?」
扉を開けるなりアシェルタの放った雑誌を見て文句を叫んだのは、一人称が自分の名前で呼ぶ事からフラットだと一瞬で解る。
一緒に居たのにどうして何も言わなかったのかとミリーを見返ると、常に行動を共にする二人の間柄、いつもと少し違う事にすぐ気付いて
「ミリー、アシェルタと何かあったの?」
と首を傾げた。他言するなと言えど同じパートナー、言うかどうか迷っているとアシェルタから切り出した。
「わたくしの弱点をミリーが知りたいと仰ったので、教えてさしあげましたの」
「…ふぅん? じゃあ、ミリーはフラットの弱点も知りたい?」
よく解らないが混ざりたい、と放られた雑誌の事など忘れてアシェルタの寝転ぶソファにつくと、
自分が泳げない理由には以前川で溺れた時に遇った河童が関わっていて…などと再びわけのわからない話に繋がってゆく。
一体自分の契約者達はどうなっているのだろう、とフラットの話が右から左へ流れてゆく部屋で
ミリーはパートナー達の弱点など知らなければ良かった、と思うのだった。